エッセイ

術後せん妄について

黒糖フクレ

 「右上顎拡大全摘」

 「右頸部郭清」

 「腹直筋皮弁再建」

 「気管切開」

 先月7月8日、私に行われた手術内容の正式な名称です。改めて文字にしてみるとゴツゴツしていて迫力があります。手術を始めるときにこれを言うのでしょうか。今度聞いてみます。どんなに頼りなさげなドクターでも、「右上顎拡大全摘!」なんてキメ顔で言われると、女子は惚れてしまうかもしれませんね。

 再建手術まで行ったので、分類としては大規模手術になります。頭頸部の大規模手術で問題になるのが、手術後の「術後せん妄」という精神障害です。簡単に言うと、覚醒したところで自分の状況を受け入れることができずに暴れだす症状のことで、ドクターやナースに襲いかかったり、点滴や管を抜き、場合によっては再建した部分がダメになってしまうこともあるそうです。

 このせん妄が特に頭頸部の手術で発症率が高い傾向にあるのは、頭頸部の手術が、会話や食事、睡眠などの障害、容姿の変化など、不安やストレスが患者に大きくのしかかるのも原因の一つではないかとみられています。

 幸い発症はしませんでしたが、手術の説明を聞いて不安を感じない人はいないと思います。しゃべりにくくなるし、食べにくくなるし、顔は変わるし…、でも大丈夫。そんな不具合、しばらくすると自分も他人も慣れてしまいます。

 私と同じような手術をこれから受けようとしている方やその家族がこのブログを読んでいらっしゃったら、どうかあまり不安を抱え込まないでください。生きてるだけでもうけもんです。いつかは慣れてしまう不具合に神経をすり減らすより、楽しい未来を想像する方が、より充実した時間の過ごし方になるでしょう。

 手術から1か月半、ずいぶん顔の腫れもひいてきました。食事は、パートナーのスパルタ指導のおかげもあり、ナイフを片手に何でも食べられるようになりました。唯一、なめてかかった、ふわふわもちもちの「黒糖フクレ」がのどに詰まって危険な状態になったくらいです。

 しゃべり方は相変わらずおじいちゃんです。そこで、話す内容もおじいちゃんに寄せてみることにしました。

 パートナーが小鳥たちの愛情を独り占めして私にほくそ笑む、私が最も荒ぶる時も、毎晩のパートナーへのマッサージで私が最も心安らぐ時も、どんな時もおじいちゃんになりきるのです。

 「ママの所にばかり行かんで、じいちゃんのところにも来てよ~」

 「これで体が軽くなるとよかですね~」

 どこまでもソフトに、どこまでも柔らかく。自分のことばに癒されます。上あごがなくなるとこんな遊びができるという一例です。

 来月から特殊な義歯作りが始まります。次はどんな変化を楽しむことができるのか今からわくわくしています。

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山口 和敏

熊本を中心にテレビディレクターとして30有余年。哲学を専攻。今も「人間とは…」「生命とは…」といった空恐ろしいことを問い続けながら、幅広いジャンルの番組制作に携わっています。 およそ2年前、「上顎洞がん」というけったいな希少がんに罹患し、余命6か月の宣告を受ける。 抗がん剤治療や放射線治療、12時間に及ぶ手術といったほぼフルコースのがん治療で右目を失うという過酷な闘病の中、脳のわずかな場所が生み出す絶望や苦悩にも関わらず、70兆個にもおよぶ肉体が持つ、生命の尊さと力強さをひしひしと深く感じることができた。これらの経験がいまの私の制作における大きな動機となっています。

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