エッセイ

獅子の笛

2026/9/26

獅子の笛 僕の笛の先には、獅子がいる。 能管という、能の囃子で吹く竹の横笛である。その先端に頭金(かしらがね)と呼ばれる金具がはめてあって、僕の笛の頭金は、獅子の意匠になっている。 なぜ獅子なのか。買った年の十二月、邦声堂の方からのメールに、こう書いてあった。 獅子のような力強い笛になることを願いました。 笛を作ったのは、泥楽という笛師である。笛には笛師の手が入っていて、頭金の獅子には、邦声堂の方の願いがかけられている。吹く側の僕は、その願いを預かって吹いていたことになる。 この笛を、手放すことにした。 ...

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暗がりに幾筋も垂れた糸ののれん。その向こうに、にじんだ白い光がひとつ見えている。

エッセイ

おむぅおおおぅ

2026/9/4

おむぅおおおぅ 九月の水曜、朝方に夢を見た。 山奥の古い民家に、僕は娘と二人でいた。 どういう経緯でそこにいるのか、自分でも分かっていない。分かっているのは、妻がそこにいないことと、僕が妻に何も言わずにここへ来てしまったことだけだ。夢の中の僕は、そのことをずっと気に病んでいる。何をしていても、うしろめたさが背中から離れない。 気がつくと、持ってきた荷物がなくなっていた。 僕は娘を連れて、上の階へ上がった。田舎によくある、綺麗でもなく汚くもない、どこにでもある古い民家である。薄暗い。人の気配がない。ふすまで ...

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エッセイ

二十個の結び目

2026/8/24

二十個の結び目 朝、目が覚めて、まだ布団の中にいるあいだに、僕は同じ言葉を繰り返している。 私は毎日、あらゆる面で、ますます良くなっている。 声には出さない。口の中で、二十回。 こうして文字にしてみると、ずいぶん間の抜けた言葉だと思う。がんの診断を受けて、右目を失って、右の耳も聞こえなくなった人間が、朝いちばんに布団の中でこれを唱えている。絵として想像すると、なかなか滑稽である。 それでも僕は、これを続けている。 この言葉を見つけたのは、エミール・クーエというフランス人だ。 一八五七年、トロワの生まれ。職 ...

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エッセイ

笑い声が聞こえる写真

2026/8/14

笑い声が聞こえる写真 一本の映画を、フランスから取り寄せた。 福岡の写真家、井上孝治さんを追ったドキュメンタリーである。撮ったのはブリジット・ルメーヌさんという、フランスの社会学者で、哲学者で、映画監督でもある人だ。 日本では配信されていない。監督に直接メールを書いた。DVDはあるが、フランスの規格のもので、日本では再生できないという。それならデジタルで、という話になって、四十ユーロをPayPalで払い、動画のリンクが届いた。 そうやって、僕は自分の部屋で、二十数年前にフランス人が撮った、福岡の写真家の映 ...

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エッセイ

第4章 液状化した地面と、雨に濡れた草

2026/8/7

シリーズ序文 宣告された半年は、とうに過ぎた。なぜ僕はまだ生きているのか。というより、なぜ僕は倒れずにいられたのか。回復力、レジリエンスというやつを、この頃よく考える。考えてみると、それは薬でも手術でもなかった気がする。もっと前から、僕の中に静かに降り積もっていた何か。若い頃、何に惹かれ、何を学んできたのか。その道筋そのものが、いつのまにか僕を支える骨になっていた。だからここに、自分の哲学遍歴を、シリーズとして書き残しておくことにした。これは回復とは何かを知りたい、僕自身のための記録でもある。 第4章 液 ...

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エッセイ

第3章 夜の編集室と、打つ手が尽きた場所

2026/7/31

シリーズ序文 宣告された半年は、とうに過ぎた。なぜ僕はまだ生きているのか。というより、なぜ僕は倒れずにいられたのか。回復力、レジリエンスというやつを、この頃よく考える。考えてみると、それは薬でも手術でもなかった気がする。もっと前から、僕の中に静かに降り積もっていた何か。若い頃、何に惹かれ、何を学んできたのか。その道筋そのものが、いつのまにか僕を支える骨になっていた。だからここに、自分の哲学遍歴を、シリーズとして書き残しておくことにした。これは回復とは何かを知りたい、僕自身のための記録でもある。 第3章 夜 ...

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エッセイ

第2章 遠くの山と、立ち現れる世界

2026/7/24

シリーズ序文 宣告された半年は、とうに過ぎた。 なぜ僕はまだ生きているのか。というより、なぜ僕は倒れずにいられたのか。回復力、レジリエンスというやつを、この頃よく考える。 考えてみると、それは薬でも手術でもなかった気がする。もっと前から、僕の中に静かに降り積もっていた何か。若い頃、何に惹かれ、何を学んできたのか。その道筋そのものが、いつのまにか僕を支える骨になっていた。 だからここに、自分の哲学遍歴を、シリーズとして書き残しておくことにした。これは回復とは何かを知りたい、僕自身のための記録でもある。 歩き ...

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モノクロの駅構内。行き交う人々が長時間露光でぶれて透けるように流れる中、スーツ姿の男性がひとり壁にもたれ、動かずに佇んでいる。

エッセイ

第1章 教室の窓と、イデア

2026/7/17

シリーズ序文 宣告された半年は、とうに過ぎた。 なぜ僕はまだ生きているのか。というより、なぜ僕は倒れずにいられたのか。回復力、レジリエンスというやつを、この頃よく考える。 考えてみると、それは薬でも手術でもなかった気がする。もっと前から、僕の中に静かに降り積もっていた何か。若い頃、何に惹かれ、何を学んできたのか。その道筋そのものが、いつのまにか僕を支える骨になっていた。 だからここに、自分の哲学遍歴を、シリーズとして書き残しておくことにした。これは回復とは何かを知りたい、僕自身のための記録でもある。 高校 ...

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モノクロの街角。強い陽射しの中を、白い日傘を差し、リュックと肩掛けの荷物を持った人が、足元に濃い影を落として歩いている。背景は波板シャッターとコンクリートの壁。路面に「自転車放置禁止区域/熊本市」の標示。

エッセイ

序章 なぜ、いま僕はこれを書くのか

2026/7/13

宣告された半年は、とうに過ぎた。 余命を告げられたとき、医者の言葉は妙にはっきりと耳に届いた。それなのに、あの日からの時間だけが、うまく数えられない。気づけば僕はまだここにいて、朝が来れば仕事をし、夜になれば本を開いている。 なぜ僕は、倒れずにいられたのだろう。 回復力、レジリエンスというやつを、この頃よく考える。あの治療を、あの手術を、なぜくぐり抜けられたのか。もちろん薬は効いたし、医者の腕もあった。けれど、それだけではない気がしてならない。もっと前から、僕の中に静かに降り積もっていた何かが、いざという ...

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エッセイ

藁をもすがる首に、奇跡が起きた日

2026/6/29

首が、動かない。 正確には動く。でも、動かそうとすると痛みが走る。油断すると、ぎゅっとつってしまう。 リンパ郭清という手術を受けた人間には、よくある話らしい。首のリンパ節を取り除くとき、周囲の筋肉や神経も影響を受ける。だから術後、首の動きが制限されたり、違和感が続いたりする。「よくある話」と知っていても、自分の首がそれになると、やはりしんどい。 朝、振り返る動作ひとつで、顔をしかめる。それが毎日続く。 そんなある日、スポーツ選手が首につけているあのネックレスを、試してみた。 プロ野球選手や陸上選手の首元に ...

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