屁が出るのは仕方がないことだものね。 今朝は変なこと言ってごめんなさい。 屁ばっかりふってください。 もっと。
これは、パートナーと日々の情報を共有するため、トイレにかけてある小さなホワイトボードに私が書いた文章です。
あることをめぐり（明らかに屁ですが）、パートナーとケンカをした日に書いたもので、私はこの文章を繰り返し読んでいます。何度読んでも、じわじわ笑いがこみ上げてくる。特に最後の二行。読むたびに、今でも吹き出してしまいます。
人は、がんと診断されたその瞬間から、様々な心配事が頭や胸を覆います。
何をどう考えたらいいのか、自分は本当に死ぬのか――。
突然、自分の命と正面から向き合わなければならなくなったとき、程度の差こそあれ、パニックにならない人は少ないと思います。
いまや「二人に一人はがんになる」と言われる時代。
ネットには玉石混交の治療法があふれています。
スマホを少しいじっただけで、際限なく情報が出てくる。
その量に翻弄され、何が正しいのかわからなくなる……少なくとも、私はそうでした。
でも、そんな私が今、思うことがあります。
医学の情報を自分から取りにいくことも大事だけれど、医者にはできなくて、自分にしかできないことがあるということ。
最新の医療、最新の薬は、もう医者にまかせるしかない。
自分でできることは――それは、「笑う」ことです。
「笑う」ことが、もしかしたら自分の体にとって、一番やさしく、思いやりのある行為なんじゃないか。私はいま、心からそう思っています。
笑うと、痛み、恐怖、妬み、不安。
たくさんのネガティブな感情や感覚から解放されて、心が軽くなるんです。
「今の状況では、手術は無理です」
「この強力な抗がん剤は、副作用で投薬を中止することがあります」
「背骨に転移が見られるので、下半身不随はいつかやってきます」
がんになったら、こんな言葉を言われることがあります。
もう仕方がない。だから私は、こう思いました。
すげー！ドラマとか映画で見たことある。
初めて経験する。うけるな。
そう。がんなんて宣告されたら、もう「笑う」しかないのです。
だって、自分は医者じゃない。薬ひとつ処方することすらできないんだから。
もう、まな板の鯉なんです。
だったら、笑う。
とにかく笑っていたら、私の場合、いろんなことを乗り越えることができました。
……と、ここまで書いて、ふと思いました。
もしかして、そもそも物事を深く考えない性格なのか？
いやいや、哲学専攻だった学生の頃の卒論テーマを、30年経った今でも引きずってるし。
原稿も悩みすぎて、ほんとに遅いし……。
物事を深く考えないわけじゃないのに、どうして「死」に直面しても、思い煩わずに笑えたのか？
たぶん、「死生観」も関係しているんでしょう。
でも、なんだか話が大きくなりそうなので、そのへんはまた別の機会に書こうと思います。
うん、きっと大事なテーマです。
さて、話を戻します。
とにかく私は、「笑う」ことで、比較的心安く試練を乗り越えているように思います。
で、冒頭のホワイトボードの話に戻るわけですが、これには前段があります。
私のパートナーは、周期的に――とにかくいつでもどこでも、屁をこくんです。
もちろん、出物腫れ物所嫌わずとは言いますし、頭では「仕方ないことだ」とわかっています。
健康の証拠だし、人前でやるわけでもありません。
でも、そのとき私は、倦怠感に悩まされていました。
どうやら、甲状腺から分泌されるホルモンが不安定で、異様に疲れやすかったようなのです。
そんな中で、
キッチンに立てばぶー。
テレビドラマが佳境を迎えればぶー。
寝返りを打ってお尻をこちらに向けてぶー。
夜中、私をまたいでトイレに向かうときにぶー。
丑三つ時、体がきつくて眠れないときに前触れなくぶー。
ぶーぶーぶーぶーぶー。
そして極めつけは、目覚まし代わりの朝イチ特大の屁でした。
もう我慢できず、私は言ってしまったのです。
「ぶーぶーぶーぶー屁ばっかりこいて！やめてくれんかな！」
言った瞬間、しまった、と思いました。
でももう遅い。彼女は機嫌を損ねてしまいました。
彼女なしでは、私は何もできません。
完全に私が悪い。そう思った私は、すぐにあの謝罪文を書きました。
書きながら、ふと吹き出してしまいました。
そしてその後、謝罪文を読んだパートナーも、トイレで笑っていました。
気がつくと、倦怠感はなくなり、なんだか体がぽかぽかしていました。
「笑う」ことは、自分にできる、一番やさしいセルフケアかもしれません。
というわけで結論。
みなさんも、できるだけ笑ってください。
そして、健康な人は、屁をこいてください。
もっと。
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