エッセイ

がん治療の私的心得

サムズアップ

 「悪性腫瘍が見つかりました。これから検査を受けて頂き、治療方法などを話し合っていきたいと思います」

 気の利いた医者であれば、

 「一緒にがんばりましょう」のひとことがあるかもしれません。このように、2人に1人ががんに罹ると言われる現在、がんの告知は思った以上にドライなものです。

 「悪性腫瘍ってがんってことですよね」

 なんてアホなことを聞いてしまうくらい、さらっとがんを告げ、次回の予約を取って終わりです。

 患者として特になにもすることがないのが実はキモで、なにもすることがないので、いろんな素人考え(ネガティブになることが多い)に囚われてしまったり、自分の病気について相談したばかりに様々なものを勧めてくる友人の好意に辟易してしまったりと、本当は自分のことなのに、自分以外のことに振り回されてしまうことがあります。好意から生まれているものなので無下にできないつらさがあります。

 このように、治療はたんたんと進む予定である一方、静かに自分のこれまでを振り返ったり、これからしたいことなどを静かに再確認したいと思う患者さんの日常生活が、家族や友人などの「好意」によってもう上を下への大騒ぎ。体力、精神力ともに無駄にすり減らしている感がしてくるはずです。

 私の経験上の感想ですが、この段階でもっとも大切なことは「包容力」だと思います。

 包容力のない場合、

 「あなたはがんだ」

 「え、いやいやいや、ええ」

 包容力がある場合、

 「あなたはがんだ」

 「そうですか、しかと承りました」

 この違いは実はとても大きくて、その後の治療のきつさや、もしかしたら結果も違ってくるかもしれません。すくなくとも、かけがえのない一日一日をより実りあるものとして過ごすことができるように感じます。入院中、様々な患者さんに接しました。その中で感じたことです。自分を受け入れている人は、明るく前向きで、何より強い。

 自分が置かれた事態を受け入れることができる人は治療をポジティブに受けることができていました。これは本当に大切なことだと思います。

 それでは、包容力はいかに身につけることができるのか。それはもう文学における悪女に親しむことで培われる以外ないかもしれないと考えています。

 私が男なので悪女であって、あなたはあなたにあった一筋縄ではいかない登場人物を探すといいでしょう。

 その悪女に翻弄される男たちの1人が自分であったらと妄想するのです。あなたは全てを受け入れられますか?

 「痴人の愛」のナオミ、「夜長姫と耳男」の夜長姫、「蜜のあはれ」のあたいなど、日本文学だけでも一筋縄ではいかない女性はいくらでも登場します。そんな女性に鍛えらた包容力は何があっても揺るがないでしょう。

 そのうえ私は現実のパートナーが豊臣秀吉の側室、淀殿そっくりなので(資料から想像するに)、おそらく相当な包容力が鍛えられていると思うのです。なにがどうそっくりなのかは角が立つのでここでは書きません。

 とにかく、私のやり方ではありますが、読書体験には多くの学びがあります。がんや病気になったときの備えの一つとして空いた時間におすすめします。

 ちょっと脱線した感が否めませんが、癌の心得は「包容力」にあり、です。

 強気な性格で負けず嫌い、ほぼ謝らないパートナーに出会えたことは私の人生の中で一番の幸運なできごとだったと思います。

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山口 和敏

熊本を中心にテレビディレクターとして30有余年。哲学を専攻。今も「人間とは…」「生命とは…」といった空恐ろしいことを問い続けながら、幅広いジャンルの番組制作に携わっています。 およそ2年前、「上顎洞がん」というけったいな希少がんに罹患し、余命6か月の宣告を受ける。 抗がん剤治療や放射線治療、12時間に及ぶ手術といったほぼフルコースのがん治療で右目を失うという過酷な闘病の中、脳のわずかな場所が生み出す絶望や苦悩にも関わらず、70兆個にもおよぶ肉体が持つ、生命の尊さと力強さをひしひしと深く感じることができた。これらの経験がいまの私の制作における大きな動機となっています。

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