首が、動かない。
正確には動く。でも、動かそうとすると痛みが走る。油断すると、ぎゅっとつってしまう。
リンパ郭清という手術を受けた人間には、よくある話らしい。首のリンパ節を取り除くとき、周囲の筋肉や神経も影響を受ける。だから術後、首の動きが制限されたり、違和感が続いたりする。「よくある話」と知っていても、自分の首がそれになると、やはりしんどい。
朝、振り返る動作ひとつで、顔をしかめる。それが毎日続く。
そんなある日、スポーツ選手が首につけているあのネックレスを、試してみた。
プロ野球選手や陸上選手の首元によく光っているやつだ。「なんとなくパフォーマンスが上がる気がする」「気のせいかもしれないけど」と選手たちが語るのをテレビで見たことがある。長年、どこか半信半疑で見ていた。
でも、藁をもすがるとはこういうことか、と思いながら、つけてみた。
驚いた。
首が、動く。
痛みが消えたわけじゃない。でも、あの「動かすたびに身構える感じ」が、ずいぶんやわらいでいた。こわごわ動かしていた首が、するりと動く。それだけで、朝が変わった。
もっと早くやってみればよかった、とは少し思う。
でも同時に、今のタイミングになったのは、そういうことだったんだろうとも思う。
必要だと感じる前に手が届くことは、あまりない。本当に困り果てて、半信半疑のまま、それでもやるしかなくて手を伸ばしたとき、初めてその価値が分かることがある。「もっと早く」じゃなくて、「今だから分かった」んだ、と。
試すということは、不安だ。
結果が分からない。間違うかもしれない。恥ずかしいかもしれない。お金や時間が無駄になるかもしれない。がんの治療だってそうだった。どの選択が正解か、誰も保証してくれない中で、決めて、やってみるしかなかった。
でも、やってみないと分からない。それだけは確かだ。 「やってみることに意味がある」というのは、成功したから言える綺麗事じゃない。失敗しても、間違っても、やってみたという事実だけは残る。その積み重ねが、自分という人間をつくっていく気がする。
ネックレスひとつで首が楽になった、という小さな話から、そんなことを考えた。