エッセイ

藁をもすがる首に、奇跡が起きた日


首が、動かない。

正確には動く。でも、動かそうとすると痛みが走る。油断すると、ぎゅっとつってしまう。

リンパ郭清という手術を受けた人間には、よくある話らしい。首のリンパ節を取り除くとき、周囲の筋肉や神経も影響を受ける。だから術後、首の動きが制限されたり、違和感が続いたりする。「よくある話」と知っていても、自分の首がそれになると、やはりしんどい。

朝、振り返る動作ひとつで、顔をしかめる。それが毎日続く。


そんなある日、スポーツ選手が首につけているあのネックレスを、試してみた。

プロ野球選手や陸上選手の首元によく光っているやつだ。「なんとなくパフォーマンスが上がる気がする」「気のせいかもしれないけど」と選手たちが語るのをテレビで見たことがある。長年、どこか半信半疑で見ていた。

でも、藁をもすがるとはこういうことか、と思いながら、つけてみた。

驚いた。

首が、動く。

痛みが消えたわけじゃない。でも、あの「動かすたびに身構える感じ」が、ずいぶんやわらいでいた。こわごわ動かしていた首が、するりと動く。それだけで、朝が変わった。


もっと早くやってみればよかった、とは少し思う。

でも同時に、今のタイミングになったのは、そういうことだったんだろうとも思う。

必要だと感じる前に手が届くことは、あまりない。本当に困り果てて、半信半疑のまま、それでもやるしかなくて手を伸ばしたとき、初めてその価値が分かることがある。「もっと早く」じゃなくて、「今だから分かった」んだ、と。


試すということは、不安だ。

結果が分からない。間違うかもしれない。恥ずかしいかもしれない。お金や時間が無駄になるかもしれない。がんの治療だってそうだった。どの選択が正解か、誰も保証してくれない中で、決めて、やってみるしかなかった。

でも、やってみないと分からない。それだけは確かだ。 「やってみることに意味がある」というのは、成功したから言える綺麗事じゃない。失敗しても、間違っても、やってみたという事実だけは残る。その積み重ねが、自分という人間をつくっていく気がする。

ネックレスひとつで首が楽になった、という小さな話から、そんなことを考えた。

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山口 和敏

熊本を拠点に、テレビディレクター・ライターとして30年以上活動。 2019年、希少がん「上顎洞がん」で余命6か月を宣告される。抗がん剤、放射線、14時間におよぶ手術を経て右目を失ったが、「どうせなら楽しんでしまおう」と開き直り、ブログとYouTubeで発信をつづけている。 現在は動画制作コンサルおよびビジネスコンテンツライターとして活動しながら、がん患者の「仕事と治療の両立」や前向きな生き方を届けることをライフワークにしている。 片目になってからLeicaを手に取り、光と影の中に生きる力を探す写真の世界にも夢中になった。失ってはじめて、世界の"本当の表情"が見えてきた気がしている。 クラウドファンディングによる出版にも挑戦予定。 病気になっても、失っても、人生は終わらない——その希望を、誰かに届けたい。

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