エッセイ

シーズン2

seaside

 ブランクがかなり空いてしまいましたが、眺めの良い部屋に引っ越したこと以外、何か出来事があったわけではありません。おそらく、明日できることは明日しよう、という私の揺るぎない信念がそうさせたのでしょう。がんの治療もうまくいっているのかいないのか、特に代わり映えのない治療が続いています。問題は倦怠感くらいです。この倦怠感はオプジーボにはつきものなのでしょうか。お分かりになる方がいらっしゃったらぜひ教えてください。同じ治療をされている方のお話も聞いてみたいです。

 今気づいたのですが、がんを告知された時に、全くと言って良いほど動揺がなかったのは、基本怠け者の私の信念のせいかもしれません。動揺することはいつでもできることなので、「あれこれ考えるのもめんどくさいので、悩むのは明日にしよう」これが翌日になっても、今日じゃなくても良いのでやっぱ明日にしよう… これを続けているうちに何となく転移したがんが小さくなり、手術も終わって、月に一度の化学治療が続いる(←いまこの状態)のだと思います。

 悩みから抜け出せないでいる方がいたら、これはぜひお勧めしたいです。悩みにさいなまれている時間が長ければ長いほど、そのこと自体がとりたてて今悩む必要がないことを証明していないでしょうか。明日に持ち越しできる悩みなら、せっかくなので明日悩みましょう。今は何もせずにぼーっとするもよし、林真理子のエッセーを読むもよし、私にお小遣いを渡す準備をするもよし、悩み以外のことに使ってみてはどうかなと思います。

 新幹線での事件が続いていますが、何がそこまで容疑者を駆り立てたのでしょうか。考えたことを決行しなければならなかった理由は何なのでしょうか、列車の中でタバコをふかしている映像が繰り返し流れています。一見落ち着き払っているようにも見えますが、よく見ると一口吸った煙をすぐに吐き出してしまっています。息があがってしまっているのかしれませんが、息もゆっくり吸えないほど切羽詰まってしまっているのかと思いました。その時間、その場所で人に大きな迷惑をかけることを実行しなければならなかった理由を知りたくなりました。

 明日なにが起こるか分からないから今日できることは今日のうちにやりましょう、なんてことは私はできません。とりあえず起こってから考えよう、これが私の信条です。お小遣いは随時受け付けています。

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山口 和敏

熊本を中心にテレビディレクターとして30有余年。哲学を専攻。今も「人間とは…」「生命とは…」といった空恐ろしいことを問い続けながら、幅広いジャンルの番組制作に携わっています。 およそ2年前、「上顎洞がん」というけったいな希少がんに罹患し、余命6か月の宣告を受ける。 抗がん剤治療や放射線治療、12時間に及ぶ手術といったほぼフルコースのがん治療で右目を失うという過酷な闘病の中、脳のわずかな場所が生み出す絶望や苦悩にも関わらず、70兆個にもおよぶ肉体が持つ、生命の尊さと力強さをひしひしと深く感じることができた。これらの経験がいまの私の制作における大きな動機となっています。

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