エッセイ

おむぅおおおぅ

暗がりに幾筋も垂れた糸ののれん。その向こうに、にじんだ白い光がひとつ見えている。

おむぅおおおぅ

九月の水曜、朝方に夢を見た。

山奥の古い民家に、僕は娘と二人でいた。

どういう経緯でそこにいるのか、自分でも分かっていない。分かっているのは、妻がそこにいないことと、僕が妻に何も言わずにここへ来てしまったことだけだ。夢の中の僕は、そのことをずっと気に病んでいる。何をしていても、うしろめたさが背中から離れない。

気がつくと、持ってきた荷物がなくなっていた。

僕は娘を連れて、上の階へ上がった。田舎によくある、綺麗でもなく汚くもない、どこにでもある古い民家である。薄暗い。人の気配がない。ふすまで仕切られた部屋に入ると、そこに僕たちの荷物があった。リュックの中身が、すべて抜き取られている。

誰が、何のために。

分からないまま、僕はまだ妻のことを考えている。連絡していない。まずいことになった。夢の中の優先順位というのは、どうかしている。

そのとき、ふすまのかげから、こちらを覗いている人影に気づいた。

僕は声を張り上げた。

お前は何者だ!

――と、叫んだつもりだった。

実際に口から出たのは、こういう音である。

おむぅおおおぅおおむぅおおぉ

そこで目が覚めた。

隣で、パートナーが笑っていた。


僕は口が乾かないように、上唇と下唇をテープで留めて寝ている。

だから、夢の中でどれだけ本気で叫んだところで、現実の僕にできたのは、テープの下で唸りながら手足をじたばたさせることだけだった。その一部始終を、パートナーは見ていたらしい。

「なんて?」

説明のしようがない。僕も笑うしかなかった。


なぜ口にテープを貼って寝ているのか、という話をしたい。

僕は上顎洞——頬の奥にある空洞——にできた腫瘍を、手術で摘出している。そのとき、そこにあった唾液腺も一緒になくなった。

結果として、僕の口はよく乾く。

夜のあいだ口が開いたままになっていると、喉の奥までからからに乾く。舌が上顎に貼りついたような感じで、夜中に目が覚める。乾くたびに目が覚めるのだから、眠りはいくらでも浅くなる。

それで、テープである。

使っているのは、ニチバンのホワイトテープ。二十五ミリ幅の、九メートル巻き。ガーゼや包帯をとめるのに使う、薬局のあの白いテープである。それを毎晩、必要な分だけ切って、上唇と下唇に軽く渡す。

貼って寝るようになってから、いくつか変わったことがあった。

まず、口が乾かない。これは目的だから当然として、その次が意外だった。

鼻の通りがよくなった。

口を塞がれれば、当たり前だが鼻でしか息ができない。最初の何日かは少し苦しい。ところが続けているうちに、それが普通になり、鼻そのものがよく通るようになった。使っているほうの器官が働くようになる、ということだと思う。

そして、喉が乾かなくなった。

乾かないので、夜中に目が覚めない。朝まで通して眠れる。日中の、あの体の芯が重い感じが、はっきりと減った。

テープ一枚である。


ただし、これは誰にでも勧められる方法ではないと思っている。

僕自身、手術のあとしばらくは、鼻だけで息をすることができなかった。鼻だけで一晩を越せるようになったのは、手術から何年か経ってからである。だから、手術を受けたばかりの人が明日からこれをやれるかというと、そういう話ではない。

鼻が詰まりやすい人がやれば、単純に苦しいだけで終わる。いびきや無呼吸を指摘されたことのある人は、自己判断でやらないほうがいい。まずは主治医に聞いてみてほしい。ここは人によって条件が違いすぎる。

試すとしても、いきなり口を全部塞ぐ必要はない。唇の真ん中に縦へ一本、テープを渡すだけでも口は開きにくくなる。逃げ道のある貼り方から始めるのがいい。


それにしても、と思う。

夢の中の僕は、本気だった。娘を連れて逃げて、荷物を荒らされて、正体の分からない何かに覗かれて、ありったけの声で叫んだ。あの夜の僕にできる、いちばん切実なことだった。

それが、テープ一枚で、おむぅおおおぅになった。

意味が、まるごと崩れている。

ただ、その崩れたおかげで、僕は目を覚ました。そして、笑っているパートナーのいる朝に戻ってきた。もしあの叫びが叫びのまま出ていたら、僕は自分の大声で飛び起きて、心臓を鳴らしながら暗い天井を眺めていたはずである。

言葉にならなかったから、笑い話になった。

病気は、僕からいくつかのものを持っていった。その空いた場所に、僕は少しずつ、間に合わせのものを置いて暮らしている。ガーゼをとめるための白いテープも、そのひとつである。

どれも、失ったものの代わりにはならない。ならないが、置いてみると、置く前よりは眠れる。

今朝も僕は口をテープで留めて寝て、起きてそれを剥がした。

夢は見なかった。

見なかったので、パートナーは笑わなかった。

それが、少し物足りない。


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山口 和敏

熊本を拠点に、テレビディレクター・ライターとして30年以上活動。 2019年、希少がん「上顎洞がん」で余命6か月を宣告される。抗がん剤、放射線、14時間におよぶ手術を経て右目を失ったが、「どうせなら楽しんでしまおう」と開き直り、ブログとYouTubeで発信をつづけている。現在は動画制作コンサルおよびビジネスコンテンツライターとして活動しながら、がん患者の「仕事と治療の両立」や前向きな生き方を届けることをライフワークにしている。片目になってからLeicaを手に取り、光と影の中に生きる力を探す写真家として、もうひとつの表現を歩み始めた。失ってはじめて、世界の"本当の表情"が見えてきた気がしている。病気になっても、失っても、人生は終わらない――その希望を、誰かに届けたい。

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