エッセイ

つかみ取れ!

つかむ

 病気の治療はもちろん病のとの戦いであるわけですが、痛みとの戦いであるとも言えます。手術のあとは痛い。とにかく痛い。

 私は人一倍痛みに弱いようで、とにかくズキッの「ズ」だけでナースコールを押してしまいます。そんな私が、痛みに対処するために編み出したのが、何かを「つかむ」ということです。なあんだと思われるかも知れませんが、これが割と効きます。ベッドの端でもなんでも良いのです。ぐっとつかで歯を食いしばるとしばらく耐えることが出来ます。じゃあ歯を食いしばればいいのではないかという突っ込みはなしにして。

 良い医者をつかみ取ることも大切です。同じ治療を受けるにしても、ネガティブな話ばかりする医者よりも、ある程度患者を安心させ全てをこの先生にまかせてみようと思わせる存在感を持った医者の方が、余計なことを考えずに治療に専念できるというものです。

 私の担当医が前者です。

 「先生はいつもネガティブな表現ばかりされる」

 「僕ビビりなんです」

 「大丈夫です。がんばります。よろしくお願いします」

 おそらく本当に私のことを心配してくださっていて、その場しのぎの軽いことが言えない性格だと思っていますが、「大丈夫かな……うん、まあ大丈夫だろう」と自分で自分を奮い立たせなければならないひと手間を考えると、やっぱり人間力のある医者の方がいいのではないかと思います。だって、やっぱりこの会話だと立場が明らかに逆だから!

 でも、お医者さんはたくさんの患者さんを同時に抱えていて忙しいので、どんなに良い医者をつかみ取ったからといって四六時中そばにいてもらえるわけではありません。そうなると、その日の担当看護師をいかにつかみ取るかということになります。

 これはもう、潤沢な資金を背景に「あの人とあの人を私の担当看護師としなさい」なんてことが出来る人以外は運にたよるしかありません。

 素晴らしい看護師に当たると、ガーゼ交換や注射の無駄のない流れるような美しい動きに見とれてしまい、一日があっという間に過ぎてしまいます。そういう看護師に限って勉強熱心で、看護してもらった私の方が医療について理論や技術だけではない、人が人を癒すことにおける大切ななにかを学ぶことさえあります。

 運も実力のうちだとよく言いますが、いまも2時間半前に看護師にお願いした痛み止めが届くの待ち、ベッドの柵を強くつかみながら断続的に襲ってくる痛みに耐えていると、自分の実力不足を感じずにはいられません。

 そう、賢明な読者はもうお気づきだと思いますが、実はナースコールにも様々な駆け引きやテクニックが隠されているのです。

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山口 和敏

熊本を中心にテレビディレクターとして30有余年。哲学を専攻。今も「人間とは…」「生命とは…」といった空恐ろしいことを問い続けながら、幅広いジャンルの番組制作に携わっています。 およそ2年前、「上顎洞がん」というけったいな希少がんに罹患し、余命6か月の宣告を受ける。 抗がん剤治療や放射線治療、12時間に及ぶ手術といったほぼフルコースのがん治療で右目を失うという過酷な闘病の中、脳のわずかな場所が生み出す絶望や苦悩にも関わらず、70兆個にもおよぶ肉体が持つ、生命の尊さと力強さをひしひしと深く感じることができた。これらの経験がいまの私の制作における大きな動機となっています。

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