エッセイ

つかみ取れ!

つかむ

 病気の治療とは、もちろん“病”との戦いでもありますが、同時に「痛み」との戦いでもあります。
手術のあとは、痛い。とにかく、痛い。

私は人一倍、痛みに弱いようで、「ズキッ」の「ズ」だけでナースコールを押してしまいます。
そんな私が痛みに対処するために編み出したのが、**何かを「つかむ」**という方法です。

……なあんだ、と思われるかもしれませんが、これがけっこう効くんです。
ベッドの端でも、何でもいい。ぐっとつかんで、歯を食いしばると、しばらく耐えることができる。
「じゃあ歯を食いしばればいいんじゃないの?」というツッコミは、どうかご容赦ください。


「良い医者をつかみ取ること」も、大切です。

同じ治療を受けるにしても、ネガティブな話ばかりされるより、
患者を安心させ、「この先生にすべて任せてみよう」と思わせてくれる存在感のある医者の方が、
余計なことを考えずに治療に専念できるというものです。

……私の担当医は、前者です。

「先生は、いつもネガティブな表現ばかりされますね」

「僕、ビビりなんです」

「……大丈夫です。がんばります。よろしくお願いします」

たぶん本当に、私のことを心配してくださっていて、
その場しのぎの軽いことが言えない、誠実な性格なんだろうと思います。

でも、「大丈夫かな……うん、まあ大丈夫だろう」と、
自分で自分を奮い立たせる“ひと手間”を強いられることを考えると、
やっぱり“人間力”のある医者の方がありがたいなあ、と思ってしまうのです。

だって、どう考えてもこの会話、立場が逆ですから!


もちろん、どんなに良い医者を「つかみ取った」としても、
お医者さんはたくさんの患者を同時に抱えていて、四六時中そばにいてくれるわけではありません。

そうなると次に考えるべきは――
**「その日の担当看護師を、いかにつかみ取るか」**ということになります。

とはいえ、潤沢な資金を背景に、

「あの人と、あの人を私の担当看護師にしなさい」

なんてことができる人はごく一部。
私たち凡人は、もう“運”に頼るしかありません。


素晴らしい看護師さんに当たると、
ガーゼ交換や注射の、無駄のない、流れるような美しい動きに見とれて、
一日があっという間に過ぎてしまいます。

そういう看護師さんに限って、勉強熱心で、思いやりがあって、
看護を受けているこちらのほうが、医療について――
いや、それ以上に**「人が人を癒すとはどういうことか」**という本質的なことを学ぶこともあります。


「運も実力のうち」とよく言いますが、
いま、2時間半前にお願いした痛み止めが届くのを待ちながら
ベッドの柵をぐっとつかみ、断続的に襲ってくる痛みに耐えていると、
どうにもこうにも、自分の実力不足を感じずにはいられません。

そう。賢明な読者のみなさんは、もうお気づきでしょう。
実は――

ナースコールにも、さまざまな駆け引きやテクニックが隠されているのです。

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山口 和敏

熊本を拠点に、テレビディレクターやライターとして30年以上活動してきました。 報道からバラエティ、ドキュメンタリーまで幅広い番組を手がけてきたのですが、2019年に「上顎洞がん」という聞きなれない希少がんにかかり、余命6か月を宣告されました。 その後、抗がん剤、放射線、そして14時間におよぶ手術で右目を失いながらも、「どうせなら、この経験も楽しんでしまおう」と開き直り、今こうしてブログを書いたり、YouTubeで思いを発信したりしています。 今は、ビジネスコンテンツライターやスピーチコンサルとしても活動しつつ、がん患者の「仕事と治療の両立」や「前向きな生き方」に役立つ発信をつづけています。 最近は写真にも夢中です。片目になってから、かえって世界の“本当の表情”が見えるようになった気がしています。Leica片手に、光と影の中に生きる力を探す毎日です。 この先は、クラウドファンディングで出版にも挑戦する予定です。 病気になっても、失っても、人生は終わらない。 そんな希望を、少しでも誰かに届けられたらと思っています。

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