エッセイ

続・ものを食べるということ

アイスクリーム

 口からの食事になって2日目。刻んだ食材にとろみをつけた軟食をいただきます。課題であった飲み込みも問題なく、食事はばっちり、これで退院が一日近づいたと気が緩んでしまったのがいけなかったかもしれません。苦しいしっぺ返しにあったお話です。

 私はお酒と同じくらい甘い物が好きで、特にアイスクリームは、どんなに倦怠感が強くても歯を食いしばって買いに行くほど大好きなのです。

 しっかりご飯を食べることができたらご褒美にアイスを食べようと決めていた私は、すっかり平らげた昼食の後、売店で高級なバニラアイスを購入、はやる心を抑えつつ部屋に戻り、スプーン一杯のご褒美、口が開く限界までアイスを頬張りました。

 しばらく食べられないと思っていたアイスクリーム。こんな幸せな食べ物を作ってくださって、神様ありがとう。冷たくて、甘くて、超おいしい! この至福の口当たりを永遠に楽しんでいたい。ああ、なんという素敵な…

 ごふっ、ごふごふっ、ごふごふごふっ。

 

 無情にもあたり一面にとびちるアイス。

 大好きなアイス。楽しみにしていたアイス。

 アイスが鼻の穴、緩んだ右唇、喉の穴から吹き出し、右目はないので左目から涙。

 ごふっごふっごふっ…。

 ナースコールを押すべきか悩みましたが、気管に入ってしまったアイスクリームをしっかり吐き出せば問題ないはずです。許可していないアイスクリームを勝手に食べてむせる、なんて看護日誌に付けられても癪なのでナースを呼ぶことは思いとどまり、耐えることにしました。できるだけ小さな音でむせ、なんとか通常の呼吸を取り戻すことができたころには残ったアイスはぐたーっと溶け始めていました。

 私は、とろっとした魅惑の食感に没入するあまり、アイスがこの後どういう変化を遂げるのかをすっかり忘れてしまっていたのです。

 固体から液体へと形を変えた大量のアイスは突如凶暴な牙をむき、私の喉に襲いかかってきたのでした。聞くところによると、この罠に陥る人は少なからずいるらしく、もしかしたら「嚥下注意患者のアイスクリーム誤嚥」なんて呼ばれているのかもしれません。

 これからいろんな治療に挑戦する皆さん、どんな治療でも焦りは禁物です。一歩一歩着実に進んでください。

 優しい人だなと思っていたら急に怒り出すような、豹変する人はとても苦手です。

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山口 和敏

熊本を中心にテレビディレクターとして30有余年。哲学を専攻。今も「人間とは…」「生命とは…」といった空恐ろしいことを問い続けながら、幅広いジャンルの番組制作に携わっています。 およそ2年前、「上顎洞がん」というけったいな希少がんに罹患し、余命6か月の宣告を受ける。 抗がん剤治療や放射線治療、12時間に及ぶ手術といったほぼフルコースのがん治療で右目を失うという過酷な闘病の中、脳のわずかな場所が生み出す絶望や苦悩にも関わらず、70兆個にもおよぶ肉体が持つ、生命の尊さと力強さをひしひしと深く感じることができた。これらの経験がいまの私の制作における大きな動機となっています。

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