エッセイ

こころあたたまる朝のルーティンとセイウチの思い出

猫舌は突然に

頭頸部がん“あるある”でしょうか。

もともと猫舌ではあったのですが、がんの治療以降、熱いもの辛いものがさらに苦手になりました。

炊き立てのご飯をうっかりほおばってしまおうものなら――もう大変。毎度もだえ苦しむ私を見て不憫に思ったのか、連れはいつからか、熱々のご飯や温めた梅ヶ枝餅に「ふうふう」をしてくれるようになりました。

中高年男性が「ふうふう」されながらご飯を食べている。人さまにはお見せできない光景ですが、どこか心あたたまる朝の風景だと思っています。


放射線と、口の中の「再生」

放射線治療の影響で、照射範囲の粘膜が激しく炎症を起こしました。頭頸部がんの治療では「よく効く分、上限ギリギリまで照射する」ことがあり、炎症も強く出ることがあるそうです。

私の場合、口の中の粘膜すべてが火傷のようになり、唾を飲み込むどころか、口を少し動かすだけで激痛が走りました。

しばらくは鼻からチューブを通して流動食を摂っていたのですが、やがて炎症が治まり、口の粘膜は新しく「生まれ変わり」ました。

ただその新しい粘膜は――熱さや辛さにとても敏感になってしまったのです。

市販のレトルトカレーの「甘口」でさえ、しばらくは食べられませんでした。

そうして、私は見事な“進化系猫舌”となったのでした。


セイウチの思い出

我が家では、朝は連れが台所でお弁当をつくりながら、私はその向かい側で朝食をとります。

和食の日もあれば、ピザトーストの日もあり、私のわがままなリクエストにも連れは応えてくれます。

そして、いつもの「ふうふう」。
朝食はあたたかく、気持ちもやさしくなれる時間です。


そういえば――
以前訪れた大分県の水族館で、セイウチのショーがありました。観客はセイウチとスキンシップをとることができるのですが、小魚を食べたばかりのセイウチの、荒くて温かい吐息が顔にかかります。

朝、起きたばかりの連れの「ふうふう」は、
どこかあのセイウチの香りに似ています。

(もちろん、小魚は食べていません)

連れのやさしさと、セイウチの思い出。
ふたつのぬくもりに包まれて、私はきょうも元気に一日をはじめるのです。

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山口 和敏

熊本を拠点に、テレビディレクターやライターとして30年以上活動してきました。 報道からバラエティ、ドキュメンタリーまで幅広い番組を手がけてきたのですが、2019年に「上顎洞がん」という聞きなれない希少がんにかかり、余命6か月を宣告されました。 その後、抗がん剤、放射線、そして14時間におよぶ手術で右目を失いながらも、「どうせなら、この経験も楽しんでしまおう」と開き直り、今こうしてブログを書いたり、YouTubeで思いを発信したりしています。 今は、ビジネスコンテンツライターやスピーチコンサルとしても活動しつつ、がん患者の「仕事と治療の両立」や「前向きな生き方」に役立つ発信をつづけています。 最近は写真にも夢中です。片目になってから、かえって世界の“本当の表情”が見えるようになった気がしています。Leica片手に、光と影の中に生きる力を探す毎日です。 この先は、クラウドファンディングで出版にも挑戦する予定です。 病気になっても、失っても、人生は終わらない。 そんな希望を、少しでも誰かに届けられたらと思っています。

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