エッセイ

なぜ、いま僕はこれを書くのか

モノクロの街角。強い陽射しの中を、白い日傘を差し、リュックと肩掛けの荷物を持った人が、足元に濃い影を落として歩いている。背景は波板シャッターとコンクリートの壁。路面に「自転車放置禁止区域/熊本市」の標示。

宣告された半年は、とうに過ぎた。

余命を告げられたとき、医者の言葉は妙にはっきりと耳に届いた。それなのに、あの日からの時間だけが、うまく数えられない。気づけば僕はまだここにいて、朝が来れば仕事をし、夜になれば本を開いている。

なぜ僕は、倒れずにいられたのだろう。

回復力、レジリエンスというやつを、この頃よく考える。あの治療を、あの手術を、なぜくぐり抜けられたのか。もちろん薬は効いたし、医者の腕もあった。けれど、それだけではない気がしてならない。もっと前から、僕の中に静かに降り積もっていた何かが、いざというときに僕を内側から支えていた。そんな感覚がある。

その「何か」を、僕は言葉にしてみたくなった。

考えてみれば、若い頃から僕は、ずっと同じことばかり気にしていた。世界とは何か。人の意識とは何か。答えの出ない問いに惹かれ、あちこちの思想を渡り歩いてきた。ギリシャの哲学から、東洋の思想へ。心理学へ、そして仏教へ。傍から見れば、とりとめのない道草だったかもしれない。

でも、いま振り返ると、その道草の一歩一歩が、僕という人間の骨格をつくっていた。病気がその骨を折ろうとしたとき、折れずに残ったのは、たぶんこの積み重ねだった。

だから、書き残しておこうと思う。

僕が何に惹かれ、何を学び、どこでつまずき、どこで救われてきたのか。それを一つの遍歴として、これからシリーズで綴っていくつもりだ。立派な思想の解説をしたいわけではない。ただ、一人の人間が世界を知りたいと願い続けた記録が、いつか、誰かの支えの骨に、ほんの少しでもなればいい。

そしてこれは、何より僕自身のための記録でもある。回復とは何か。生き延びるとは何か。その答えを、僕はまだ探している最中だ。

長い旅になる。

始まりは、高校の教室の、あの窓の外だ。

Photograph by © 2026 Kazutoshi YAMAGUCHI. All rights reserved.

(第1章へ続く)

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山口 和敏

熊本を拠点に、テレビディレクター・ライターとして30年以上活動。 2019年、希少がん「上顎洞がん」で余命6か月を宣告される。抗がん剤、放射線、14時間におよぶ手術を経て右目を失ったが、「どうせなら楽しんでしまおう」と開き直り、ブログとYouTubeで発信をつづけている。 現在は動画制作コンサルおよびビジネスコンテンツライターとして活動しながら、がん患者の「仕事と治療の両立」や前向きな生き方を届けることをライフワークにしている。 片目になってからLeicaを手に取り、光と影の中に生きる力を探す写真の世界にも夢中になった。失ってはじめて、世界の"本当の表情"が見えてきた気がしている。 クラウドファンディングによる出版にも挑戦予定。 病気になっても、失っても、人生は終わらない——その希望を、誰かに届けたい。

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