エッセイ

傷を愛して生きる

Memento_mori

memento mori

いつもアホみたいなことを書いていますが、今回は少しまじめに考えてみました。

がんの状態を示す分類に「ステージ」というものがあります。
私のがんは「ステージ4C」。分類としては最も厳しいところに位置するものです。

つまり私は、「もしかしたら、そう遠くないうちに死ぬかもしれない」という現実に直面しているのです。


かつてがんで亡くなった友人が、こんなことを話してくれました。

「不思議なことに、元気だった頃は目にも留めなかった道端の草花が、どうしようもなく美しく感じられる」

そのとき私は「ふーん、そんなものか」と、正直ピンときませんでした。
でも、自分が同じような状況になって、ようやくその言葉の意味がわかった気がします。

「死」を意識したとたん、
「生」が突然、いきいきと輝き出すのです。


すぐに浮かんできたのが、哲学者・田辺元が語った言葉でした。

memento mori(メメント・モリ)

ラテン語で「自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな」「死を忘れることなかれ」といった意味の警句です。

この言葉には、宗教観や時代背景により様々な解釈がありますが、
おおかた「死を忘れて無反省に人生を過ごすな」という意味で使われています。


私はこの言葉を、頭で理解するのではなく、
現実として「強制的に」思い知らされました。

確かに、世界は一変しました。

「これまで信じてきた価値観がゆさぶられ、自分という存在そのものが問い直される」

むむむ……これは困ったことになったぞ、と。

死の恐怖が押し寄せてきて、少しでも気を抜くと、
どこか恐ろしい場所に引きずり込まれそうになる。

――ああ、「もがき苦しむ」とは、こういうことを言うのだな。


正直、どうやってその状況を脱したのかは、よく覚えていません。

とにかくあれこれ悩みながら、もがいていたら――
いつの間にか、少しずつ、正気に戻っていた。
そんな印象です。


Posttraumatic Growth:心的外傷後成長

その後、治療を続けながら出会った概念があります。

PTG(Posttraumatic Growth)――心的外傷後成長

PTSD(心的外傷後ストレス障害)に比べると、まだあまり知られていない考え方です。

PTGとは
強いストレスやトラウマをきっかけに、悩みやもがきを経験することで、
人間として成長するプロセス。

似た言葉に「レジリエンス(回復力)」もありますが、PTGとの大きな違いは――
成長しても“傷が消える”わけではないという点です。


つまり、「傷を抱えたまま、生きていく」ことを前提にした成長。

人は、心を揺さぶられるような出来事に直面すると、
それまでの自分を保てなくなるほど、変化を余儀なくされます。

でも、誰もが「強く打たれ強い」わけではありません。

深い闇に突き落とされ、はい上がる気力さえ残されない人もいます。

それでも――生きなければならない。

ならば、傷を消すことより、その傷と共に生きることに目を向ける。

それこそがPTGであり、「人間らしい回復」のあり方ではないかと、私は感じています。


傷の上に咲くもの

人生を振り返ったとき、あれだけ辛かった日々の中に、
以前の自分とは違う、少し変化した自分を見つけることがあります。

それは決して「立派になった」とか「悟った」ということではありません。

むしろ――

「聖人君子じゃなくていい」
「スーパーマンじゃなくていい」
「ただ、人を人として受けとめられる」

そういう、深い人間理解に立脚した成長なのだと思います。

私にとって、このPTGという概念は、
「自分を含め、人間を理解しようとするうえでの大きなテーマ」になっています。


最近のニュースを見ていると、自死を選んでしまう人が少なくないように感じます。

困難に直面し、出口のない思いに苦しんでいる人たち――
そうした方々にとって、少しでも灯りのような存在になれたらと願っています。


最後に

ひどいがんになってしまった。
でも、この状況をなんとか乗り越えようともがいてきた。

そんな私の経験が、
どこかで誰かの支えになるのであれば――

これほど幸せなことはありません。

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山口 和敏

熊本を拠点に、テレビディレクターやライターとして30年以上活動してきました。 報道からバラエティ、ドキュメンタリーまで幅広い番組を手がけてきたのですが、2019年に「上顎洞がん」という聞きなれない希少がんにかかり、余命6か月を宣告されました。 その後、抗がん剤、放射線、そして14時間におよぶ手術で右目を失いながらも、「どうせなら、この経験も楽しんでしまおう」と開き直り、今こうしてブログを書いたり、YouTubeで思いを発信したりしています。 今は、ビジネスコンテンツライターやスピーチコンサルとしても活動しつつ、がん患者の「仕事と治療の両立」や「前向きな生き方」に役立つ発信をつづけています。 最近は写真にも夢中です。片目になってから、かえって世界の“本当の表情”が見えるようになった気がしています。Leica片手に、光と影の中に生きる力を探す毎日です。 この先は、クラウドファンディングで出版にも挑戦する予定です。 病気になっても、失っても、人生は終わらない。 そんな希望を、少しでも誰かに届けられたらと思っています。

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